使徒言行録 9章32-43節
高松教会 村上貴志
ペトロは、指導者として各地を巡回します。
その事によって、各地の集会に集う人たちは、励まされ、上を向き、霊の導き・賜物をいただくのです。
エルサレムからリダを経てヤッファへ向かいます。
そして、リダの町で、アイネアというギリシャ風の名前を持つ人と出会います。
イスラエルの伝統からは、外れたと思われる人でした。
彼は、神さまの恩寵から外れていた?故に、中風に。自分で動く事が叶わない病の中にあると、思われていたのです。
そのような人に、ペトロは、尋ねるのです。
「イエス・キリストが、癒して下さる。この言葉を、信じるのか?」
ルカによる福音書の9章を思い出します。
「信じるのであれば、…。」
(49節以下では、弟子でなくとも「主のお名前によって、悪霊を追い出している」人たちの事が、記されております。)
信じる者には、大いなる力が働くのです。
ペトロは、アイネアに告げます。
「主が癒して下さる。」以前にも起こった出来事が、ここにも、起こるのです。
「今、これを、信じるのか?」
(アイネアの思い)自分に資格は有りますか?
マタイ15:27 信じているならば、直ちに。
アイネアは、癒されるのです。
信じる者の前には、必ず、神の喜びが与えられる。
周りの人たちにも、その約束の成就が告げ知らされる事となるのです。
ヤッファでの出来事。
小さな者を愛するタビタ。
病気で召されます。
共に過ごした人たちは、驚きと悲しみの中で、ペトロに「急いで来てください」と使者を送ります。
「急いで」は、世の倣い?人の思い? でしょうか?
信じているからこその「急いで」です。
周りの人は、彼女に対する栄光を信じて香油で葬りの備えをするのでは無く、清めるにとどめます。
信じているからこそ、その希望の喜びが直ちに現される事を知っているからこそ、期待しているからこそ、
「急いで、来て下さい」と、ペトロの元に使いを送ったのです。