ヨハネによる福音書 7章32~39節 高松教会 村上貴志 聖書には、人の想像と限界を超える大いなる神さまとキリストからの恵みが記されています。 神さまを信じる人、イエスさまに従い続ける人。 それらの人に、大いなる導きが与えられているだけでなく、そうでない人にも。 イエスさまと敵…
ヨハネによる福音書 7章25~31節 高松教会 村上貴志 救い主メシアが、地上に来られる。人々の前に現れるとき。どのような形で、現れるのでしょうか? ヨハネ20章やルカ24章のようかもしれません。 その時、私は主の姿に、気づくのでしょうか。 もしかすると、どれだけ長い間お話を聞いて…
ヨハネによる福音書 7章10~24節 高松教会 村上貴志 今日の聖書の箇所で、イエスさまは、二つの姿を示されます。それは、「世を二つに分ける。選び出す。」という御自身の使命を現されているのです。 一つの姿は、イエスさまの姿でした。 イエスさまは、「定められた安息日の決まりを破ってでも…
ヨハネによる福音書 7章1~9節 高松教会 村上貴志 しるしを見て信じる者が増やされる中、イエスさまの本当の姿を知り、離れていく者も現れました。 「信じたのに、どうして、離れるのであろうか?」 ヨハネによる福音書では、その理由について、続いて語るのです。 「…
ヨハネによる福音書 6章60~70節 高松教会 村上貴志 弟子の中で、イエスさまの言葉を聞いて、つまずきをもち離れた人たちがいました。 その人たちも、神さまを熱心に信じていました。モーセが、神さまからいただいた古い約束を心の中に抱き続けていたのです。 神さまからの約束を信じ続ける。そして、神…
ヨハネによる福音書 6章41~59節 高松教会 村上貴志 イエスさまは、「命のパン」であり、「信じる者は永遠の命を得ている」と、語られました。 また、「神がお遣わしになったものを信じる事こと、それが神の業である」と、語られました。 「しるし」を欲しがる人々に対しては、「イエスさまの元…
ヨハネによる福音書 6章22~40節 高松教会 村上貴志 「御心を行うために」私たちは、どのような思いに有るでしょうか。 礼拝に出席して、祈りを捧げ、聖書に学び、兄弟姉妹との親しき交わりと奉仕の業を通して地上に溢れる神さまの祝福を共有していく。与えていただいた恵みを通して、主の御救いの業が…
ヨハネによる福音書 6章16~21節 高松教会 村上貴志 どこかの国の研究者は、真面目に「イエスさまが、湖の上を歩かれた出来事」の解析を行っています。 「イエスさまが、どうやって湖で沈まずに、水面上を歩くことが出来たかという事」をです。 この人たちの事を、どう思われますか? 「…
ヨハネによる福音書 6章1~15節 高松教会 村上貴志 イエスさまの業を見て、沢山の人がついて来ました。 彼らは、本当の御姿を、知りませんでした。 イエスさまは、その人たちのためにも、神の御子として地上でなさることを御存知で有りました。 必要な時に、必要とされることをされたので…
ヨハネによる福音書 5章 41~47節 高松教会 村上貴志 「クリスチャンなのに。」このような言葉を、私たちは、耳にしたり、口に出してしまったりします。 この言葉は、幾通りかの意味を持ちます。 未信者の方が語られた時は、「信仰を持っているのに?」という意味でしょうか? そのよう…