使徒言行録 26:12-18 高松教会 村上貴志 パウロは、これまでに幾度となく弁明?(パウロの思いとしては、伝道)の機会が有りました。この時は、アグリッパ大王・パウロを告発したパリサイ人たちに対して、大切な事・忘れて欲しくない事・思い起こして悔い改めの思いに至って欲しい事。そして、キリストの救いの御業について、語ります。 それらは、全て、「預言者たちやモーセが必ず起こる」と語った事でした。「では、それが具体的にどこか?」と、言われますと、旧約聖書全体であります。 神さまが人を・全てを造られ、人の手に委ねられ、定住の歴史を与えられ、文学を通して神さまの思い・愛を教えて下さった。そして、背く者への警告・背き尽くした者にも、愛と憐れみを注がれ、全ての救いのために、「人の子・救い主」を与えられる事。 そして、それが、既にイエスさまを通して、明らかにされたこと。既に起こった事を、伝えたのです。 パリサイ人は、「神さまの運命」を信じていました。 神さまの前の正しさ・義を信じていました。 しかし、パウロは、ローマの信徒への手紙で語っています。【1:17・2:13・3:20-22・24-25・28他】 義は、律法の行いではなく、信仰によるもの。 イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義。これが、旧約聖書全体で語られている事だと、パウロは、伝道したのです。伝える事を、神さまは助けて下さった。【26:17】 義?既に、定められている。神さまによって定められている。変わるきっかけは、キリストの十字架の御業のみなのです。罪の報いを代わって受けられたお方がおられる。そして、そのお方は「死者の中から復活して」罪赦され、光を語り続けられている。 運命は、変えていくものでは無い。救いの約束が、イエスさまを通して成就している事を信じる事によって、私たちには、平安が与えられるのです。
2020
26Jul