高松教会 村上貴志 テトスへの手紙 2章1~15節 節制しろ。品位と分別を保て。忍耐せよ。噂話するな。大酒飲むな。短慮になるな。反抗するな。 あれしちゃダメ。これしちゃダメ。そんな事を、言っているのでしょうか?いいえ、違います。世に生きる、「他者を見つめる自分の内面」を見て下さい。ちゃんとできている人なら、その人を必ず認められますか?受け入れられますか?答えは、「No!」です。 つまり、パウロは、テトスに、「ちゃんとしなさい」を求めていくのではなく、「キリストの姿を伝えなさい」と、語るのです。福音書でのキリストの姿を思い出して下さい。(今回は、ペトロとの関係性を) 最初からイエスさまに従ったペトロ。12弟子のリーダー的な存在で、時にイエスさまを諌める姿も描かれております。(社会の習わしと異なる事をイエスさまがされたからです)ペトロは、「イエスさま。その行いでは、人々に受け入れられません。」そう諌めるのです。しかし、イエスさまは、その忠告を、受け入れられる事は、有りませんでした。イエスは振り向いてペトロに言われた。「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている。」(マタイ16:23) 結構、強烈な言葉が、投げかけられます。正義であったペトロの思いは、受け入れられません。 ところが、十字架を前にしてのペトロの行動。 「わたしのために命を捨てると言うのか。はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないと言うだろう。」(ヨハネ13:38) ペトロの裏切りに、甦られたイエスさまは、「わたしの羊を飼いなさい」と、託された・受け入れられた。 「世間的な良い行いの模範」これを伝えるのではなく「実に、すべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れました。」(11節)イエス・キリストによる贖いの恵み。受け入れていく愛を伝えて行くのです。
2021
24Jan