この数週間。世界は、争いの時を迎えております。多くの人が巻き込まれております。一日も早い平和的な解決を望みます。 さて、ネヘミヤが、エルサレムに城壁を再建しようとした時にも、国内で争いが起こりました。ですが、この城壁の再建は、エルサレムの人々にとって必要な事でした。原文では、「城壁の治療が進…
高松教会 村上貴志 ネヘミヤ記 3章33~38節村 神さまへの奉仕。どうして障害が現れるのでしょう? 一生懸命に、「主のために」その思いで励んでいるのに、周りの反対がある。そのような経験や思い。どなたにも、有ったと思います。 ネヘミヤの城壁建設に対しても、有力者の数名が、腹を立て…
高松教会 村上貴志 ネヘミヤ記 3章1~32節 礼拝の場所が、ここにある。万人祭司の思いを抱くプロテスタント教会にとって、一人ひとりが神の器であり、主と繋がる者。家庭であっても、職場であっても、病院や施設であっても、今、私たちと同じように、主と繋がり、祈りを捧げている。大事な事は、主…
高松教会 村上有子 マタイによる福音書5章43~48節 「しかし、わたしは言っておく。」と、聴く者たちの常識を覆すようなことをイエス様は、また言われます。人々は、律法の専門家たちに「隣人=(イコール)ユダヤ人を愛し、敵=(イコール)ユダヤ人以外を憎め」と命じていました。律法学者たちは、…
高松教会 村上貴志 ネヘミヤ記 2章9~20節 「主の御用を行っている」その様な意識の有る中で、「見た感じは良くとも、内容・状況が悪い」という状況は、度々起こります。ネヘミヤには、王の書状と共に、護衛の兵もあった。(エズラには、無かった)「良い事ではないか。主の御用は、進んでいる…
高松教会 村上有子 マタイによる福音書5章38~41節 「目には目を、歯には歯を」は、復讐を言い表す言葉として世に知られているかもしれません。しかし、これは、同態復讐法といって、「相手にやられた事と同じ事まで」という上限設定をしている法であり、やられた以上にやり返したくなる人間の心…
高松教会 村上貴志 ネヘミヤ記 2章1~8節村 私たちの歩みの中では、「どうしても行わなくてはならない事」が、存在します。そのような事が、示されている時。果たして、私は、どのような行動をとるのでしょうか? 聖書には、「私が」と、立ち上がる人のことが沢山記録されています。神さまの声をい…
高松教会 村上有子 マタイによる福音書5章33~42節 日々の生活の中で「誓う」という行為を、そう頻繁に見かけたり、行ったりしないと思います。しかし、教会においては厳粛な約束を交わす時、洗礼式、転入会式、役員・CS教師任職式、牧師就任式、会堂奉献式など、誓約をするということが少なくな…
ネヘミヤ記 1章1~11節 高松教会 村上貴志 ネヘミヤ記は、エルサレム城壁の再建について語ります。ネヘミヤは、ペルシャのスサでアルタクセルクス王に、献酌官として仕えておりました。(お毒見役⇒信頼される仕事⇒相談役)同じ時期。イスラエル・ユダには、二つの大きな集…
高松教会 村上貴志 エレミヤ書 1章4~8節 エレミヤが、18歳の時。主のお言葉が、与えられました。時代は、ヨシヤ王の治世。紀元前627年頃と言われています。イスラエルは、決して、「主と共に歩んでいる」とは、言えない状況でした。 事実、大国エジプトとアッシリア。そして、新興国…